※古い乗車記を他ブログから引っ越しています。一部写真が無い部分や誤字・誤変換等もありますが、よろしければご覧ください(by管理人)。
『3月のダイヤ改正前で定期列車から引退となる前に、寝台特急[あけぼの]に乗ってきました!』…と書くのは非常に簡単なのですが、寝台の指定席券を手にするのに困難を極めました。
どうやら寝台特急[あけぼの]の廃止が決まって以降、すでに「引退フィーバー(死語かな?)」が始まっているようで、何度も駅に足を運びようやく寝台券を入手することがてきました。
まあ、そうは言っても手にできた寝台券は「羽後本荘」までのものですので、羽後本荘から青森までは「立ち席特急券」が必要になってしまいますが、まあ、これも後々になれば記念になるのでは…と思い、終着の青森駅まで惜別乗車をしてきました(補足:今回使用している乗車券は「特急の自由席ならば無料」ということなので、実際には「立席特急券」不要なため購入していません。)。
(←青森⑧ カニ24-109+オハネフ24-8+スロネ24-552+オハネ24-555+オハネ24-555+オハネフ24-21+オハネ25-220+オハネ25-210+オハネフ25-205 ①上野→)
※牽引機 上野→長岡 EF64-1053 長岡→青森 EF81-137
上野駅で新幹線を降り、在来線ホームに昇っていくと、寝台特急[あけぼの]が発車する13番線ホームには既にカメラを持って待っている人が何人もいてびっくり!まだ、入線までに1時間近くあるのに…と思いながら、私も「上野駅の推進運転なんて、もう撮影する機会が無いだろうな…」と思いつつ、その中の一人に混じることにしました。
かれこれ待つこと約50分、寝台特急[あけぼの]は貫通扉を開けたままいつものように、ゆっくりとした速度で13番線ホームに入ってきます。もうこの頃になると13番線ホームは[あけぼの]を撮影する人と、乗車をする人で大混雑の状態となっていました。
上野駅では発車までに約17分ほど時間がありますが、これだけの人数がいると撮影もままなりません…。先頭車の部分は撮影が難しいかも…と思いながら歩いていくと、引退が近づいて人が集まり始めているせいでしょうか、先頭部分に撮影者が近づけないようにロープが張られていましたが、逆にこのロープがあったおかげで撮影が楽々できましたので、これはJR東日本さんのナイスヒット!といったところでしょうか…。
PHOTO:あけぼのの編成は24形と25形の混成編成です。
発車までに17分ほどあるとはいうものの、撮影をしているとあっという間に発車時刻が迫ってきます。ここまで来て「乗り遅れ」なんてことになると大変ですので、撮影を早めに切り上げて車内に入ります。
青森までの寝台券が入手できなかったことから、非常に車内は混雑をしているだろうと思ったのですが、なぜか、私の乗った4号車は空いています…。上段はほとんど空の状態、下段にも空いている箇所がいくつも…。他の号車もそうなのかと思い、隣の3号車を覗いたところ、こちらは通路に人が溢れんばかりの大混雑!
そうです私が乗った4号車は、寝台の利用が「羽後本荘駅」までと限られているため、やはり人気が無いということなんでしょうね…。
そんなことを思いながら、ベッドメーキングをしていると寝台特急[あけぼの]はガタンという振動とともに上野駅を発車します。いよいよ青森駅を目指し約13時間の乗車が始まります。
まだ、寝るのには十分早いのですが、車内放送は「これが最後の放送です。次は秋田駅到着の前に…」との案内がありました。「高崎駅までは案内があっても…」とは思ったのですが、この列車、大宮駅、高崎駅ではあまり途中乗車が無いようなので、これでいいのかもしれません。
私の寝台の向かい側の方は、既にベッドに入ってお休みモードのため、私も少し早いですがベッドに横になることにしました。
PHOTO:こんなシーンを再び見ることができるのか…
…ちっとも眠れない!もともと夜行列車が苦手のせいもあるのですが、ベッドに横になってもちっとも眠れません。そうかといって、起きて車内をうろうろするわけにもいきませんので、このままうとうとしながら乗車を続けました。
途中、列車が大きくガタンと揺れて目が覚めましたので、いつの間にか寝ていたようです。時間を確認したところ、どうやら列車は村上駅を発車したところだったようです。向かい側のおじさんは「仁賀保までいくんや!」と言っていましたが、もうごそごそと着替えを始めたようで、こちらもうかうかしているわけにはいかず、私も着替えて洗面を済ませることにしました。
列車が羽後本荘駅に到着すると、4号車には作業員の方が乗り込んできて、慣れた手つきでてきぱきと寝台を片付けていきます。わたしもここからは寝台ではなく座席となったベッドの上に座り車窓を見ながら乗車を続けます。
通りがかった車掌さんに「立席特急券で利用する乗客っているんですか?」と聞いたところ、「平日は結構いますよ。」とのこと。やはり通勤・通学時間帯に走っていますので、多少、普通の特急列車より居住性は劣るものの利用客はいるようです(これが大混雑でびっくりでした。)。
列車はようやく明るみ始めた東北の大地を北に向かって進んでいきます。秋田駅に近づくと「おはようございます…」という車内放送が入り、目覚めた人も多いようでようやく車内にも活気が溢れてきます。「(秋田で)半分くらい降りるのかな?」と思っていたのですが、思っていたほど降りる人がいなくて少し驚きでした。乗客の多くは青森まで乗りとおす乗客なのでしょうか?
秋田駅を発車すると列車は奥羽本線を走るようになります。「本線」とは言えども単線区間もあるため、特急列車ではありますが列車交換のための運転停車が何駅かでありました。
ここまでいたるところに雪が残っているのは見ていたのですが、雪は降っておらず『ラッキー!』と思っていたのですが、大館駅を過ぎると猛吹雪となり、接続列車や対向列車に遅れが目立ってきました。
ただ、寝台特急[あけぼの]は「特急列車」ということもあり、ここまで遅れを出すことなく走ってきたのですが、大鰐温泉駅の先の踏切で異常発砲があったということで、安全確認のために緊急停止を行ったため約18分ほど遅れて大鰐温泉駅を発車となってしまいました。
単線路を走る列車の宿命で、列車は一度遅れ始めると次々と遅れる仕組みになっていますので、川部、北常盤と停車を繰り返しながらの進行となり、遅れはさらに拡大してしまいました。
今回の予定では寝台特急[あけぼの]には『終着の青森駅まで乗りとおす。』と予定をしていたのですが、青森駅まで乗ってしまうと次の予定が狂ってしまうため、致し方なく新青森駅で寝台特急[あけぼの]を下車しました(25分遅れの10時9分着でした。)。
先頭部に行くと長岡駅で牽引機が変わっており、EF81が編成の先頭に立っていました。その姿を1枚記録し、もう二度と乗ることの無いだろう、寝台特急[あけぼの]に別れを告げ、今回の乗車は終了しました。
PHOTO:撮影の名所、白沢-陣場間です(撮影ポイントは写真の右になります。)。
上野駅から約13時間、たっぷりと寝台特急[あけぼの]の乗車を楽しみました。思っていたよりも乗車率がよくて少しびっくりでした(これで廃止をするというのがよく分からないのですが…。)。
今回、寝台特急[あけぼの]が廃止となる大きな理由のひとつが「車両の老朽化」ということらしいのですが、この列車、結構需要があるようにも聞いていますので、何とかならないものですかねぇ…。JR西日本の協力を得て285系寝台電車をJR東日本でもノックダウン生産するとか、日中は車両基地で休んでいる215系を大改造して寝台列車に…という手もあったような気もするのですが…。
それにしても『客車が古くなったから、列車を廃止しよう!』という考え方はサービス業においてはあるまじき考え方だと思うのですが、いかかですかJR東日本さん?
















コメント