個人的には「蒸気機関車」というものにあまり興味がないので[SLばんえつ物語号]の写真を撮りに行ったこともないのですが、今回、その「SLばんえつ物語号」を牽引するC57が検査に入場することとになり、そのピンチヒッターとしてDD53が牽引する「DD53ばんえつ物語号」が11月の3連休に設定されることになりました。
客車を使用した列車が激減する中、ディーゼル機関車が牽引する列車に乗車できるチャンスなんかめったにありませんし、特にその牽引機に指名されたのが除雪用のDD53ということになると、たぶんこのようなチャンスは最初で最後だと思い、苦労の末なんとか指定券を購入して乗車することとしました。
また、この3連休には新潟駅から磐越西線~只見線を経由して新潟駅に戻る「磐西・只見ぐるり1周号」も設定されており、さすがに全区間を乗車することは難しいですが、会津若松からDD53ばんえつ物語号に乗車するための往路に一部分を乗車することにしました。
青春18キップを使用した今までの旅行は私一人の単独行動でしたが、今回は息子を連れての親子2人旅となります。
なお、息子は現在5歳で乗車券等は不要な年齢ですが、さすがに一つの席を親子で使用するのは狭隘ですし、長時間子どもを車内に立たせていることもできませんので、必要な列車については指定席を確保しました。従って、子供用の乗車券(えちごツーデー・パス+α)も購入した上で乗車しています。
①直江津(620)→長岡(717) 501M 急行[きたぐに] 583系9連
(←新潟 クハネ581-37+モハネ583-87+モハネ583-87+サロネ581-4+サロ581-29+モハネ583-68+モハネ582-68+モハネ583-75+モハネ582-75+クハネ581-22 大阪→)
私は長野に住んでいますので、長野から出発するのが当然なのですが、新潟駅から[磐西・只見ぐるり1周号]に乗るためには、この列車に乗車して長岡で新幹線に乗り継がないと間に合いません。
そのため、直江津駅まで車で来て「パーク&ライド」に車を駐車してから急行[きたぐに]に乗車します。
そのため、直江津駅まで車で来て「パーク&ライド」に車を駐車してから急行[きたぐに]に乗車します。
急行[きたぐに]の乗車については長岡までの約1時間ですので、自由席を利用すればいいのですが、今回の旅行は私一人ではなく子どもが一緒なので、確実に座って移動できるようちょっぴり贅沢をしてグリーン車を確保しました。
直江津駅には5時30分前に到着してしまったのですが、この時間にもかかわらず直江津駅の待合室には20余名のお客さんがいてびっくり。急行[きたぐに]の到着時間が近づくに従い、お客さんもどんどん集まってきました。ホーに降りていくと乗客の多くは直江津駅を6時ちょうどに発車する越後湯沢行きの北越急行に乗車するお客さんであることがわかりましたが、急行[きたぐに]の到着ホームにはカメラを片手にした人や三脚をデイバックに入れている人もおり、どうみても私たちと同じ目的の人も結構いるようです。
さて、急行[きたぐに]は定刻に直江津駅に到着しました。この列車はここで運転士の交代を行うため約20分ほど停車します。今回は、子どもがいるためグリーン車の指定を確保しておいたのですが、普通車を見に行ったところ所々に空席もあり、広いボックス席にも十分魅力を感じたのですが、寝ているお客さまも沢山いるようなので、朝から元気な子ども連れは指定されたグリーン車に座ることにしました。
きたぐにに使用される581・583系のグリーン車には、サロン付きとサロンなしのグリーン車があるので、サロン付きのグリーン車を期待していたのですが、残念ながら本日はサロンなしの編成が充当されていました。
グリーン車の室内はワインレッドで統一されておりとてもシックな感じがします(良く言えば「シック」ですが、悪い言い方をすると「地味」とも言いますね。)。ただ、最新型の車両のグリーン車と比較しますと座席が若干小降りな感じがします。また、グリーン車に乗車しているお客さんも直江津から乗車した私たち2名をふくめても8名しかおらず、減光された車内に人が座っていないシートがずらっと並んでいる状況とその車体構造からの異様に天井が高い空間と相まって、車内全体がとても寂しい感じがしました。
20分間の停車中にもグリーン車の乗客は増えず、私たちを乗せたきたぐには定刻に直江津駅を発車しました。往年の寝台特急のような軽快な走りを期待していたのですが、時間設定にだいぶゆとりがあるためか、だいぶゆったりとして走りでゴールを目指します。途中の柿崎・柏崎駅でそれぞれ20名、40名程度のお客さんが自由席に乗車してくるのを見ますと、この列車は夜行の寝台列車であることは当然ですが、その反面、信越本線の一番列車の役目を果たしていることも実感できました。
柿崎~柏崎の間では、ちょうど日の出の時刻と合い重なり、長野で見る太陽よりももっと大きな太陽が昇ってくるのを息子が不思議そうに見たり、長岡機関区に何両も停車している電気機関車等に感激しているうちに列車は長岡に到着しました。
②長岡(728)→新潟(753) 481C Max[とき481号] E4系8連
急行[きたぐに]のグリーン車に身を預けたまま新潟を目指したいところですが、新幹線に乗り継がないと間に合わないため長岡で乗り換えます。
今回の旅行には「越後ツーデー・パス」をメインに使用していますが、このキップは特急・急行に乗車する際には別に乗車券も購入しなくてはいけない青春18キップと異なり、特急券等だけを別に購入すれば乗車ができるというとても便利なキップです。
さて、長岡から乗車する新幹線はE4系の8両編成で、普段はグリーン車以外は全車自由席、土日等のみ一部の車両が指定席となるようです。秋の行楽シーズンの三連休のため混雑を予想していたのですが、さすがに越後湯沢・朝7時始発ということもあり、指定席・自由席ともガラガラの状態で長岡駅に到着しました。
息子に「1階席と2階席のどちらがいい?」と聞いたところ「1階席がいい。」ということでしたので、ガラガラの1階に席を取り新潟を目指します。最初のうちはホームに立っている人や売店が見えていたので良かったのですが走り始めると防音壁しか見えないため、途中から2階席に移動して息子と2人で車窓を楽しみます。
新幹線には出張等でも乗りますし、東京や大宮の駅でE4編成はよく目にしていましたので、過去に乗車しているような気がしていたのですが、よく考えてみるといつも乗車しているのはE2編成ですし、一昨年、娘と東京に行ったときに乗った2階建ての新幹線はE1編成でしたので、恥ずかしながらE4編成には初めての乗車になることがわかりました。そこで改めて車内を息子と見学しますと、自由席となる2階席は指定席車両と異なり両側とも3名がけシートになっており、肘掛けも無い、リクライニングもしないシートがずらりと並んでおり、旅行で楽しむというよりは1名でも多くの乗客に座って通勤してもらえるような、通勤・通学対応用に作られていることがよくわかりました。
ゆったりとした急行[きたぐに]から乗り換えると新幹線の速さがよくわかります。1階席から2階席に移り少し車窓を楽しみ、車内の見学を終えてシートに戻って休もうと思ったときには、新潟駅停車のための減速ブレーキがかかり始めました。
③新潟(826)→喜多方(1115) 9224D 快速[磐西・只見ぐるり1周号]
キハ28・58系2連+キハ40+キハ52
(←喜多方 キハ52-127+キハ40-583+キハ58-1022+キハ28-2371 新潟→)
新潟駅からは今回の目的の一つでもある快速[磐西・只見ぐるり1周号]に乗車します。インターネット等で過去の乗車記などを見ますと、国鉄色のキハ28・58系2連に一般型車両を1両増結した形で使用されており、今回も同様の予定だったようですが、途中でキハ28・58系2連にキハ52を2両連結するということに変更になったことが「鉄道ダイヤ情報」に掲載されていました。
国鉄色の28・58系に国鉄色や首都圏色のキハ52が1両連結された3両編成については大糸北線で見たことがありますが、もう1両キハ52が追加された4両編成となると私は見たことがありませんので期待をしていたのですが、10月下旬になり新潟支社のHPにキハ28・58系には国鉄色のキハ52と首都圏色のキハ40が連結される旨が掲載されました。
国鉄色が4両連なった編成も魅力的ですが、首都圏色を纏ったキハ40系が組み込まれた編成にも非常に興味があります。唯一残念なことはキハ40のシートがロングシートに改善されているということです。キハ40系にはまだ乗車したことがないので、クロスシートならキハ40で決まりなのですが、やはりここは終焉間近と思われるキハ28・58系に乗るべきではないか思い、新潟駅の5番線ホームに上がっていったところ、すでに多くのお客さんが乗車位置を示すプレート前に長蛇の列をつくっていました。私たちはその列の中でも一番並んでいる人が少ない4号車のキハ28に並ぶこととしました。
8時14分に新津からの普通列車9525Dが到着しました。3連休の運転期間中、今日だけはこの到着列車が、快速[磐西・只見ぐるり1周号]になります。それを知っていて新潟駅に到着後も降りないお客さんが車内に多くいましたので、どう考えてもボックス席には座れそうにありませんでしたので入口近くのロングシートに席を取ることにしました。席を確保したあとは乗客全員が撮影タイムとなりました。私にとっては首都圏色のキハ40が一番珍しいのですが、他の方のお目当てはどうやらキハ52のようで、写真を撮る人の波が切れない状況でした。
快速[磐西・只見ぐるり1周号]は座りきれず立ったままの乗客を乗せて新潟駅を出発しました。新津駅までの間は架線の下を走るのですが、沿線には多くのファンがカメラの放列で列車を迎えています。新津駅での10分間の停車時間を利用して駅弁を購入します。昔ながらの「駅弁売り」のおじさんに「これがおすすめだよ。」と言われた「SLばんえつ物語」という駅弁を2つ購入して、さっそく1つを息子と2人でいただきます。内容は味付けご飯の上に鮭の焼いたものといくらとニシンが載っているというもので、取り立ててめずらしい駅弁ではないと思いますが、列車の中で食べる駅弁はどうしてこんなにおいしいのでしょう。同じお弁当でもコンビニのお弁当とは違う感じがするのは私だけでしょうか(息子からは「お肉のお弁当が良かった。」と言われてしまいましたが…。)。
さて、列車の方は新津からの乗客も大量に乗せ、更に立ち客を増やした状態で出発しました。
この列車はまさに私たち鉄道ファンのためにあるような企画列車ですが、私たちのような鉄道ファンが大勢を占めているのかというとそうでもありません。秋の行楽に出かけると行った年輩のお客さんや、たまたま駅で列車を待っていたらこの列車が来たので乗車しているといった感じのお客さんも半分程度いるようです。それが証拠に五泉駅と猿和田駅の間にある早出川にかかる鉄橋付近に陣取っている鉄道ファン(この日は100名以上は間違いなくいました。)を見て驚愕の声を発していましたし、その後も沿線のいたるところで列車を待ち受けている人たちを見ては「いったい今日は何が走るんだ。」等々大声を上げて喜んでいました。
車内がもっと空いていれば、各車両の乗り心地の比較やエンジンサウンドを聴きたいと思っていたのですが、デッキに人があふれている状況ではそれも難しく、また、朝早かったことから息子も津川駅を過ぎたあたりから寝てしまったので、キハ28のサウンドを聴きながら喜多方を目指しました。
④喜多方(1120)→山都(1131) 3221D 快速[あがの1号] キハ110系3連
(←山都 キハ110-200+キハ111-202+キハ112-202 喜多方→)
このまま快速[磐西・只見ぐるり1周号]にそのまま乗車して会津若松まで行きたいところですが、[DD53ばんえつ物語号」の走行シーンを写真に収めたいので、駅付近で撮影ができると思われる山都まで一旦戻ります。
ここまで乗車してきた快速[磐西・只見ぐるり1周号]に使用されている車両も、エンジンを換装しているため「速い」と感じたのですが、やはりキハ110系の走りは次元が違います。豪快なエンジン音とともにその車体を一気に加速させていきます。鉄道ファンがカメラの放列を作る状況を眼下に臨みながら「一の戸橋梁」を渡り、列車は山都駅に到着しました。
◎ 山都駅で撮影タイム…
今回は列車に乗ることが一番の楽しみなのですが、やはり止まっている写真だけではもの足りず、走っている姿も写真に収めたかったためこのような行程を組み、山都駅のホームの端で列車が来るのを待ちます。新潟県内の駅ホームには多くの鉄道ファンが三脚を立てて写真を撮っていましたの
で、山都駅での撮影は無理かなとも思ったのですが、快速[磐西・只見ぐるり1周号]の車内から
見たときには誰もいなかったので、快速[あがの1号]を下車してホームの端に急ぎます。
同じ列車から降りた人たちの中に同じ行動をとった人が何人もいましたが、無事に撮影場所を確保することに成功しました。
この場所は撮影ガイドには載っているような場所ではないのですが、ある方のホームページにこ の場所で撮影したSLばんえつ物語号の写真が載っており、とてもすっきりした写真が撮れていましたのでこの場所を撮影ポイントに選びました。
お目当ての列車が山都駅への到着時間を若干過ぎた頃、快速[DD53ばんえつ物語号]が姿を現しました。
重厚なエンジンサウンドと甲高い警笛を鳴らしながら山都駅のホームに到着する姿を写真に収めます。DD53型ディーゼル機関車はその機関等をDD51型ディーゼル機関車と共用していることからDD51型ディーゼル機関車の派生車種として紹介されていますが、その特異な姿や独特の雰囲気から、今から30年近く前に播但線や福知山線で活躍していたDD54型ディーゼル機関車とよく似ているなと感じたのは私だけでしょうか…。
⑤山都(1252)→会津若松(1338) 9226レ 快速[DD53ばんえつ物語号]
DD53+12系7連
(←会津若松 DD53-2 スハフ12-101+オハ12-313+オハ12-314+オハ12-1701+オハ12-316+オハ12-315+スハフ12-102 山都→)
当初の予定では撮影後、次の普通列車で会津若松へ移動する予定を立てていたのですが、旅行に行く少々前に直江津駅で[DD53ばんえつ物語号]の指定席を申し込んだところ偶然にも山都~会津若松間の指定席が確保できましたので、極めて短区間ですが[DD53ばんえつ物語号]に乗車します。
確保できた指定席は喫煙車両のB・C席でしたので、指定席には座らず展望車に乗車して会津若松までの旅を楽しもうと思ったのですが、予想どおり展望室は満員の状況でしたので2号車の指定席に向かったところ、幸いにも誰も乗車していなかったので1ボックスを息子と2人で占拠して会津若松までの車窓を楽しむことにしました。
喜多方~会津若松間は電化区間なので撮影している人も少ないだろうと思っていたのですが、さすがに人気列車、いたるところでファンがカメラの放列をつくってDD53を迎えていました。
もともとSLが牽引する列車のダイヤですから、ゆったりとした速度で走るのかと思っていたのですが、会津若松までの間は平坦地のせいか思った以上のスピードで走ります。DD53も本来の役目は除雪用のディーゼル機関車ですが、さすがDD51と同じエンジンを積んでいるだけのことはあり軽快に速度を上げていきます。
また、使用されている客車は12系の客車を改造したものですが、良く言えばクラッシックさとモダンが上手く調和しているというのでしょうが、個人的にはシートの柄が列車の雰囲気とマッチしていないと思うのは私だけでしょうか。
車内では貰えないかな?と思っていた乗車証明書をもらうことができ、また到着直前には車掌さんの「お礼の挨拶」も聞くことができ十分満足し、快速[DD53ばんえつ物語号]は多くの鉄道ファンとあかべえがいっぱい描かれた列車が待つ、会津若松駅にほぼ定刻に到着しました。
◎ 会津若松市内をぶらぶらと…
会津若松では列車の発車までに時間があったので駅前の「サティ」へ行き、少々遅めの昼食を取るとともに、現在、子どもが一番熱中している「ムシキング」のゲームを親子共々楽しみました。
子どもはあまり電車等に興味を持っていないため、ムシキングをやらしてもらえることを期待して親についてきているのが本当のところでしょう。
⑥会津若松(1523)→新津(1835) 9233レ 快速[DD53ばんえつ物語号]
DD53+12系7連
(←新津 DD53-2 スハフ12-102+オハ12-315+オハ12-316+オハ12-1701+オハ12-314+オハ12-313+スハフ12-101 会津若松→)
会津若松からの帰路は今回のメインである[DD53ばんえつ物語号]に再度乗車します。本当は新津から会津若松に向かう復路の列車に全区間に乗車したかったのですが、人気が高いためかなかなか指定席が確保できず、ようやく全区間確保できたのが、この日のこの列車ですので(喫煙車で進行方向とは逆向きの指定席でも)わがままは言ってられません。
会津若松ではターンテーブルを使用してDD53の向きを変えます。DD53は蒸気機関車とは違いますので、どちら向きでも運転は可能ですが(もちろん蒸気機関車もどちら向きでも運転は可能ですが、見栄えがね…。)、1エンド側にはロータリーの装着台座があるため、見栄えのいい2エンド側を先頭に使用するために転車台を使って方向転換を実施したようです。これもJR東日本の粋な計らいだと思わず感心してしました。
注:後日、鉄道雑誌を読んで2エンドを先頭にしている理由が、見栄えのためではなく無線設備の関係であることを理解しました。
さて、帰りはゆっくりと車窓を楽しみたいと思っていたのですが、残念なことに日出谷を過ぎたあたりから日が沈んでしまい、あたりは真っ暗になってしまいました。客車列車の独特な音とリズム、窓の外に流れる家の明かりを見ているうちに、まるで一昔前の夜行列車に乗っているような錯覚に陥ってしまいました。
先ほどはシートの柄がマッチしていないと文句をつけましたが、夜になって気がついたのは車内が異様に暗いということです。これは車両をレトロ調に見せるために電灯をオレンジ系のものに変えていることが原因のようでが、車端部では雑誌を読むことさえできません。そこまで暗くしてしまうのはいかがなものでしょうか。
往路同様、新津に到着する前に、車掌さんの「お礼の挨拶」がありましたが、この挨拶の中で「DD53が再度、客車列車の先頭に立つことはもうない。」というような内容の話をしていましたが、もしそうであれば非常に残念なことです。
C57蒸気機関車の替わりにDD53を牽引機に持ってきたということ自体は、企業のイメージアップ・経営面等で大きなプラスになったのではないかと思いますが、反面、鉄道ファンが犯した行為に対する責任や企業としてのモラルといった大きな課題も残したのではないかと思います。
個人的には除雪車としての活躍はもちろんですが、再度、(こっそりと)檜舞台に再登場して欲しいと願っています。
いつまでもいつまでも乗っていたいところですが、DD53は定刻に新津駅に到着しました。
⑦新津(1854)→新潟(1908) 9453M快速[ばんえつリレー号]485系6連[T18編成] (←新潟 クハ481-1508+モハ485-1074+モハ484-1074+モハ485-1082+モハ484-1082+クロハ481-1029 新津→)
新津駅でこのまま待っていても次の列車に乗車できるのですが、あまりにも次の列車までに時間があるため[ばんえつリレー号]に乗って新潟まで移動します。
リレー号に使用されている車両は、快速[くびき野]や特急[いなほ]に使用されている485系6連が充当されています(ロ室は通路扱いとなっています。)。今回の編成はT18編成が充当されており、481系では唯一残った4つ目の1500番台車が先頭になっています(ヘッドマークは真っ白で臨時の表示もありませんでした。)。車内は[DD53ばんえつ物語号]から乗り換えた乗客と一般の乗客でほぼ満席の状態で新津駅を出発し、15分弱で新潟駅に到着しました。
⑧新潟(1956)→直江津(2153) 3376M 快速[くびき野6号] 485系6連[T17編成](←直江津 クロハ481-1023+モハ484-1083+モハ485-1083+モハ484-1010+モハ485-1010+クハ481-332 新潟→)
本日の最終ランナーは快速[くびき野]です。6両編成ですので間違いなく座れるとは思ったのですが、3連休の中日ということと「万が一」ということでを指定席を確保してあります。従って、早々にホームに並ぶ必要がないことから駅ビルの中を散策しながら本日の夕食を物色するつもりだったのですが、息子からホームに行って列車を見たいというリクエストがあったので、ホームで各方面から到着したり出発したりする列車を見学することにしました。
さすが政令指定都市だけあり、この時間でも頻繁に列車が発着します。そのうちに本日最後の乗車となる快速[くびき野]が入線してきましたので、指定席に乗車しようと思ったところ、4号車と5号車のみがグレードアップ車、その他の車両は単なるアコモ改善車となっていることがわかりました(確かT14編成もこのような編成だったと記憶があります。)。乗車状況を見たところ、各車両に10名程度しか乗っていませんでしたので、指定席には座らず4号車に席を陣取って直江津に向かうことにしました。新潟を出発する時点で乗っていた乗客も、新津、長岡と進むに従いだんだんと減ってきてしまい、柏崎を出発したときには4号車の乗客は私たちの他に2名しかおらず、非常に寂しい車内となっていました(平日は帰宅ラッシュの時間ですから、こうではないと思いますが…)。列車は定刻どおりに直江津駅に到着し、今回の旅行も無事終了となりました(もちろん、このあとは自家用車で自宅に戻りました。)。
さすが政令指定都市だけあり、この時間でも頻繁に列車が発着します。そのうちに本日最後の乗車となる快速[くびき野]が入線してきましたので、指定席に乗車しようと思ったところ、4号車と5号車のみがグレードアップ車、その他の車両は単なるアコモ改善車となっていることがわかりました(確かT14編成もこのような編成だったと記憶があります。)。乗車状況を見たところ、各車両に10名程度しか乗っていませんでしたので、指定席には座らず4号車に席を陣取って直江津に向かうことにしました。新潟を出発する時点で乗っていた乗客も、新津、長岡と進むに従いだんだんと減ってきてしまい、柏崎を出発したときには4号車の乗客は私たちの他に2名しかおらず、非常に寂しい車内となっていました(平日は帰宅ラッシュの時間ですから、こうではないと思いますが…)。列車は定刻どおりに直江津駅に到着し、今回の旅行も無事終了となりました(もちろん、このあとは自家用車で自宅に戻りました。)。
今回、ばんえつ物語号の先頭に立ったDD53については、製造された3両のうちの1両がすでに廃車となり、もう1両についてはすでに「横川鉄道文化村」に展示されている状況を考えますと、今後、このような列車が企画・運営されることはあり得ないのではないかと思います。往路の乗車は短区間のみの乗車、復路は進行方向とは逆向きの席でほとんどが暗闇の中の乗車という、あまりいい条件ではありませんでしたが、とても貴重な体験ができたと思います。
また、往路のばんえつ物語号の指定席が直前になり確保できたため、DD53が客車を牽引する姿を撮影することもできましたし、国鉄型車両4両を用いた「磐西・只見ぐるり1周号」にも乗車することができ、朝早く・夜遅いという厳しい日程ながら「一気両得」の旅行ができ非常に満足した1日でした。