なぜか無性に訪ねたくなる場所が私にはあります。昔、住んでいたわけでも、訪ねる友すらいない場所なのですが…。
高校生時代、長期の休みになるとアルバイトに精を出し、稼いだお金で「南紀ワイド周遊券」を購入し、当時、最後の活躍をしていたキハ80・82系気動車やDF50型ディーゼル機関車を追い続けていた、いわば私の青春時代の思い出の場所が、ここ「南紀」なんです。
久しぶりに青い海辺を走る特急[南紀号]を撮影したくなり、青春18キップを握りしめて出かけてきました。
※2022年・夏の青春18キップ旅行記[南紀訪問・その①]からの続きです…
【第2日目・7月30日(土)】
2日目の朝は、少し早起きをしてホテルを出発し、その昔、何度も通った王子ケ浜海岸に行って列車の撮影を行いました。
なお、王子ケ浜海岸での撮影については、別記事としてアップさせていただきます。
(おわび:私、この場所をずっと「三輪崎海岸」と勘違いをしていたようです。三輪崎海岸はもう少し三輪崎駅寄りにあるようで、私が撮影に通っていたのは「王子ケ浜海岸」が正解のようです。お詫びと訂正をさせていただきます。)
王子ヶ浜海岸での撮影を終えて新宮駅に戻ってきました。
さあ、ここからは一気に東京に戻る長いながい「乗り鉄」のスタートです。
多気行きの普通列車は、新宮駅の2番線ホームに10時40分頃に入線します。
乗客はわずか10名足らず…と思っていた以上に少ない…。この少ない乗客を乗せて新宮駅を定刻どおりに発車して行きます。
昨日と違い、熊野市駅に向かう途中の駅からの乗客が多く、新宮駅を発車した時にはガラガラだった車内も、いつのまにはシートが半分ほど埋っています。途中、神志山駅では特急[南紀1号]と交換を行いながら進んで行きます。
熊野市駅では大半の乗客が降り、身軽になった列車は海岸線を目指して進んで行きます。今日ば土曜日ということもあるのでしょうか、結構、どの駅からも乗ってくる人がいて、熊野市駅で空いた車内も、先に進むにつれて車内は賑やかくなっていきます。その後、若干の乗客が増えた状態で尾鷲駅に到着します。
尾鷲駅で乗客が入れ替わるかと思ったのですが、尾鷲駅で降りる乗客は1人のみということで、あとは十数名の乗客が乗りこんできました、先頭車両を見ると立っている人の姿もあり、だいぶ賑やかな列車となったのですが、次の相賀駅で多くの乗客が降り(相賀に高校高行があるのかな?)、再び、閑散な車内となって進み紀伊長島駅に到着します。
※車両後部からの撮影です。
わずかな停車時間の後、紀伊長島駅をします(本当は、停車時間を利用して飲料水を購入したかったのですが、紀伊長島駅のホームには自動販売機が無い!)。
ここ、紀伊長島駅を発車すると、列車はエンジン全開で右手に熊野灘を見ながら山登り・荷坂峠越えが始まります。
ここ紀伊長島駅と次の梅ケ谷駅の間には「荷坂峠」があり、Ω状のトンネルをいくつも抜けながら標高5mから標高193mの梅ケ谷駅を目指して進んで行きます。
DF50が牽引する客車列車の時には、すごく時間がかかっていた記憶があるのですが、強力なエンジンを搭載したキハ25系(520PS)は、エンジン音の高まり、唸りは感じるものの、時速50~60km/hを維持しながら登っていきます(さすがに勾配の厳しいところでは40km/h程度に速度は低下します。)。
梅ケ谷駅を過ぎると今までのエンジン音の唸りは何だったんだろう…というくらい軽快な足取りで多気駅を目指して進んで行きます。駅に到着しても乗る人も降りる人もいない状態が続きましたが、三瀬谷駅以降は、乗車する人が増えてきて、そのまま終点の多気駅に到着しました。
※紀伊長島駅までは、進行方向右側に海が見えていましたが、この場所では進行方向左側に海が見えます。
※車両後部からの撮影です。
多気駅からは快速[みえ16号]に乗車して名古屋を目指します。
昨日の混雑ぶりを知っていますので、指定席なのに相席かぁ…と思っていたところ、多気駅の電光表示板を見たところ快速[みえ16号]は4両編成ということで、ラッキーなことに誰とも相席にならず座って行くことが出来ました。
この快速[みえ16号]の中で遅い昼食にします。今日のお昼ごはんは、新宮駅の真ん前にある徐福寿司さんのさんま寿司をいただきながら、大好きなディーゼルカーの乗車を堪能しました。
本当は、次の特別快速に乗車する予定としていたのですが、楽々座ることができましたので1本早い列車で豊橋駅を目指しました。
1本前の掛川行きに(普通に移動すれば間に合った。)313系の転換クロスシート車が入っていたので「失敗したかなぁ…」と思っていたら、こちらの浜松行きにも313系の転換クロスシート車が入っていてラッキーでした。
ただ、この列車は大混雑!確かに豊橋で接続する列車が多いということの他、今日はどこかでお祭りか花火大会があるようで、通勤列車並みの大混雑でした(私は豊橋駅で1段落としをしていますので、余裕で座って行くことができました。)。
浜松駅では、本当は1段落として18時38分の列車に乗るつもりだったですが、次の列車に乗車するためにホームのドア位置の場所に並ぼうと思って先頭車まで移動したところ、階段付近の中間車は大混雑なのに、先頭車はガラガラでしたので、この興津行きの列車に乗って静岡駅に向かいました。※混雑の理由は「袋井の花火」でした。
静岡でも列車を1本見送り熱海行きの普通列車に乗車します。
1本前の列車は静岡駅を定刻どおりに発車していたにもかかわらず、この列車は静岡駅に到着する列車から乗客の乗り換えを待ってから…ということで7分ほど遅れて発車して行きます(後続の列車があるから、待つ必要性があったのかなぁ?)。
花火見物の乗客もようやくいなくなってやれやれ…としていたら、今度は終着間近の沼津駅から大勢の乗客が乗りこんできて車内はすし詰め状態となり、そのまま終着の熱海駅に到着しました(6分遅れで到着)。※乗車制限をしないから、いつまでたってもドアを閉めることが出来ず列車の発車が遅れたのは誰の責任?
しかし、花火大会があるならその旨をホームや列車内で案内するとか、臨時列車を運転して、そっちに人の流れを誘導するとかJR東海はしないのでしょうか?まあ、在来線の乗客のことなどどうでも良いと思っているJR東海らしい対応であきれてしまいました。
1本前の列車は静岡駅を定刻どおりに発車していたにもかかわらず、この列車は静岡駅に到着する列車から乗客の乗り換えを待ってから…ということで7分ほど遅れて発車して行きます(後続の列車があるから、待つ必要性があったのかなぁ?)。
花火見物の乗客もようやくいなくなってやれやれ…としていたら、今度は終着間近の沼津駅から大勢の乗客が乗りこんできて車内はすし詰め状態となり、そのまま終着の熱海駅に到着しました(6分遅れで到着)。※乗車制限をしないから、いつまでたってもドアを閉めることが出来ず列車の発車が遅れたのは誰の責任?
しかし、花火大会があるならその旨をホームや列車内で案内するとか、臨時列車を運転して、そっちに人の流れを誘導するとかJR東海はしないのでしょうか?まあ、在来線の乗客のことなどどうでも良いと思っているJR東海らしい対応であきれてしまいました。
熱海駅に到着した乗客のほとんどは熱海駅を21時26分に発車する列車に乗ったため(JR東日本が接続を取りました。)、おかげで隣のホームに停車していた21時40分の列車はガラガラという状態でしたので、ボックス席に座ってゆったりと乗車して、無事、品川まで帰ってきました。
無事に「南紀」を訪ねることができました。
また、久しぶりに波田須や王子ヶ浜海岸で撮影をすることができて満足した「乗り鉄」でした。
高校生の頃に初めて訪れてから、何度目の訪問なのかはすっかり忘れましたが、もしかすると「もう、次は無いのかなぁ…。」
でも、あと数回は行きたいなぁ…と思っています。
【令和 5年 7月31日(火)・2023/7/31】
◎過去の紀伊半島方面への「乗り鉄」についてはこちらから!